金曜日
──新システムへの移行──
このブログシステムを提供していてくれる Blogger では新しいシステム(β版)の運用を始めていたことを知っていたが、移行には二の足を踏んでいた。それは今のページの表示様式を決めているものにかなり手入れをしていたから、また同じようなことに手を掛けたくないことと、それを行うことの億劫さからだった──しかし、このところ画像のアップロードや記事の更新すら時間帯にも依るがなかなか巧く行かないことが続いて、その理由はこちらで断定もできないが、何か改善できることがあればと移行することにした。

現行のものも此のまま残しますが、今後の更新は行われなくなります。新装版は右の「続・黒姫から」より入っていただけますが、この機会に SiteFeed などの更新もして頂ければさいわいです。
このブログシステムを提供していてくれる Blogger では新しいシステム(β版)の運用を始めていたことを知っていたが、移行には二の足を踏んでいた。それは今のページの表示様式を決めているものにかなり手入れをしていたから、また同じようなことに手を掛けたくないことと、それを行うことの億劫さからだった──しかし、このところ画像のアップロードや記事の更新すら時間帯にも依るがなかなか巧く行かないことが続いて、その理由はこちらで断定もできないが、何か改善できることがあればと移行することにした。

現行のものも此のまま残しますが、今後の更新は行われなくなります。新装版は右の「続・黒姫から」より入っていただけますが、この機会に SiteFeed などの更新もして頂ければさいわいです。
黒姫のよしはら 記
木曜日
じわじわと秋へ──


黒姫のよしはら 記
水曜日
此の秋はおかしいなと思いながら幾年かまえのようすを遡ってみた、昨年と比べて、庭のナナカマドは確かにみすぼらしいし、小梨の実も見えない・・・晴雨や寒暖を比べれば一週間とか十日くらいの差はあろう、けれども全般的な気配はものすごく違う気がしてしかたない。
その原因が私の感覚のせいだとしても、それ相応に理由があるのだろうか、颱風の大風や豪雨のなかにいたら雨は雨で風は風だ、しかし此の夏の幾つかの颱風のあれは特異ではなかったのか。日付変更線の向こうからふさふさと鬣をなびかせてやってきたあの颱風、そしてそれから後に続いたものは皆よく似ていた、因果は似ている筈だ。米国では観測者たちが自分たちの観察からそれを説明しようとしたら横槍が入ったらしい、けれども圧力をかけられようと掛けられまい観察された現象は現象だ、そしてヒトは、その解釈の誘惑から逃れられない。
ただ此の狭い木立のなかの庭にいて私は“サイエンス”を捨てよう捨てようとしているような気がしてきている今日、それでも観察の事実は知っていたい気がする──それは何だか中近東への関心の持ちようにも似てきたような気がしないでもない。
その原因が私の感覚のせいだとしても、それ相応に理由があるのだろうか、颱風の大風や豪雨のなかにいたら雨は雨で風は風だ、しかし此の夏の幾つかの颱風のあれは特異ではなかったのか。日付変更線の向こうからふさふさと鬣をなびかせてやってきたあの颱風、そしてそれから後に続いたものは皆よく似ていた、因果は似ている筈だ。米国では観測者たちが自分たちの観察からそれを説明しようとしたら横槍が入ったらしい、けれども圧力をかけられようと掛けられまい観察された現象は現象だ、そしてヒトは、その解釈の誘惑から逃れられない。
ただ此の狭い木立のなかの庭にいて私は“サイエンス”を捨てよう捨てようとしているような気がしてきている今日、それでも観察の事実は知っていたい気がする──それは何だか中近東への関心の持ちようにも似てきたような気がしないでもない。
黒姫のよしはら 記
火曜日
天候不順が続いている、九月はこんなものだと思ってみたり、九月なのに十月のような気配だと思ってみたりしながら記憶と云うものは、観察記録のデータとは違うのだと思い直す。室内に座りっきりも良くないので野外日和じゃないが庭と裏庭にでてみる、じっと動かない蛾一頭と姿を見せると床下へ潜り込んでしまったルリタテハ一頭(これは数日前から姿を見せているが撮影の機会を与えない)の寂しい庭だった、それに夜になって浴室の窓にきた今秋初めてのクスサン、それが今日見た翅のあるもの全て・・・
ところでFreeBSDによる屋根裏サーバの準備を始めたころから二年近く経つ、その成果が現行のシステムだけれども、より高性能のハードウエア(CPU速度比で5倍くらいか、それでも800MHzだ!)を転用できるようになったので最新の6.X版に交代させようかと思案しはじめた。私の用途では現行のままでも十分だし驚くほど頑強に働いていて呉れているから、この思い付きはどちらかと云えば私の脳味噌の為にだろう──前回は思い立ってから運用開始まで二ヶ月近くが経っていた、勿論、掛かりきりだった分けではないが、二年前の記憶とあわせて何とかなるだろうか。

それに先立ってと云うわけでもなかったが、このところ私の色んなページへのアクセス解析を試みている。アクセス解析が組み込まれているブログや屋根裏サーバのログなどとの数値の隔たりに如何に読み解くかの課題もあるが、アクセス数そのものはさしあたって私の問題ではない──しかし「Platero y yo」にパリやマドリッドからアクセスのあるのは面白いし、メキシコから蝶のページを見にみているのを知るのも楽しかった、あるいはリヒテンシュタインからドイツのグーグルで「kurohime」を検索して此のページに辿り着いた人もいらっしゃる、これらはインターネットとは云え予想外だった・・・
ところでFreeBSDによる屋根裏サーバの準備を始めたころから二年近く経つ、その成果が現行のシステムだけれども、より高性能のハードウエア(CPU速度比で5倍くらいか、それでも800MHzだ!)を転用できるようになったので最新の6.X版に交代させようかと思案しはじめた。私の用途では現行のままでも十分だし驚くほど頑強に働いていて呉れているから、この思い付きはどちらかと云えば私の脳味噌の為にだろう──前回は思い立ってから運用開始まで二ヶ月近くが経っていた、勿論、掛かりきりだった分けではないが、二年前の記憶とあわせて何とかなるだろうか。

それに先立ってと云うわけでもなかったが、このところ私の色んなページへのアクセス解析を試みている。アクセス解析が組み込まれているブログや屋根裏サーバのログなどとの数値の隔たりに如何に読み解くかの課題もあるが、アクセス数そのものはさしあたって私の問題ではない──しかし「Platero y yo」にパリやマドリッドからアクセスのあるのは面白いし、メキシコから蝶のページを見にみているのを知るのも楽しかった、あるいはリヒテンシュタインからドイツのグーグルで「kurohime」を検索して此のページに辿り着いた人もいらっしゃる、これらはインターネットとは云え予想外だった・・・
黒姫のよしはら 記
月曜日
八日前に──此処でも紹介しているが──或る画像共有サイトへ「イラクから」で公開してきた六百枚あまりの四半世紀前のイラク各地のスナップ写真を登録した。先ほど他のアルバムへ画像を追加するために開いてみて驚いた、六百回あまりも閲覧されたようなのだ。より人目にふれることへの若干の期待のあったのは確かだが、一週間ほどで数百人ものひとが目をとめて呉れたことになる・・・
黒姫のよしはら 記
秋の気配・・・

未明4時頃、此処の気温はおそらく五度くらいまで下がったと思える──柏原のアメダスでは6.8度だった──もし妙高が雲の中だったならきっと雪だったことだろう。

未明4時頃、此処の気温はおそらく五度くらいまで下がったと思える──柏原のアメダスでは6.8度だった──もし妙高が雲の中だったならきっと雪だったことだろう。
黒姫のよしはら 記
虫たち──




上から二枚目のテングチョウは今年初めてみた。




上から二枚目のテングチョウは今年初めてみた。
黒姫のよしはら 記
日曜日
裏山の夕暮れ──
似たような日和が続いている、いくらか物憂いながらも午前のほどほどの時刻までは陽射しもあり蝶たちの姿も眼につく、が、昼を越える頃から雲が厚くなってくる──そして夜半には星がみえていることもある、そしてそんな時刻には気温も十度を割る。

今夕日暮れのころ、気温を確かめると十度(六時ちょうど)だった、雲の中の妙高は今夜あたり雪がふるかも知れないな、とふと思う。まだ九月なのに遅い十月のような気分になってくる。
颱風14号が東北沖を通過している、夏以降よく似た経路パターンの颱風だという気がする、今回の颱風を動画にまとめてみた、およそ3MBのファイルだ。
似たような日和が続いている、いくらか物憂いながらも午前のほどほどの時刻までは陽射しもあり蝶たちの姿も眼につく、が、昼を越える頃から雲が厚くなってくる──そして夜半には星がみえていることもある、そしてそんな時刻には気温も十度を割る。

今夕日暮れのころ、気温を確かめると十度(六時ちょうど)だった、雲の中の妙高は今夜あたり雪がふるかも知れないな、とふと思う。まだ九月なのに遅い十月のような気分になってくる。
颱風14号が東北沖を通過している、夏以降よく似た経路パターンの颱風だという気がする、今回の颱風を動画にまとめてみた、およそ3MBのファイルだ。
黒姫のよしはら 記
土曜日
薊の種子──


黒姫のよしはら 記
キタテハとベニシジミ──


ベニシジミを追いかけていたら葉裏でお休み中のキタテハを起こして仕舞った・・・


ベニシジミを追いかけていたら葉裏でお休み中のキタテハを起こして仕舞った・・・
黒姫のよしはら 記
Ich danke Euch, meine Meister:
von Euch habe ich mehr gelernt als aus den Schriften der Brahmanen.